E..1.2 不動点, 縮小写像に関する不動点定理

完備距離空間については Banach の不動点定理という重要な定理がある。

$ (X,d)$ を距離空間とする。

写像 $ T\colon X\ni x\mapsto Tx\in X$ について、 $ x\in X$$ T$の不動点であるとは、

$\displaystyle Tx=x
$

が成り立つことをいう。

写像 $ T\colon X\ni x\mapsto Tx\in X$ が縮小写像であるとは、

$\displaystyle (\exists k\in [0,1)) (\forall x,y\in X)\quad
d(Tx,Ty)\le k d(x,y)
$

が成り立つことをいう。


\begin{jtheorem}[Banachの不動点定理, 縮小写像に関する不動点定...
...き $\left\{x_n\right\}$\ は $T$\ の不動点に収束する。
\end{jtheorem}

証明. 任意の $ x_0\in X$ を選び、

$\displaystyle x_{n+1}=T x_n$   ( $ n=0,1,\cdots$)

により $ \left\{x_n\right\}_{n\ge 0}$ を定める。

Step 1     任意の $ n\in\mathbb{N}\cup\{0\}$ に対して

$\displaystyle d(x_n,x_{n+1})\le k^n d(x_0,x_1)$ (E.1)

が成り立つ。実際、
(i)
$ n=0$ のとき、(E.1) の左辺 $ =$ (E.1) の右辺であるから、(E.1) が成立する。
(ii)
$ n=j$ のとき (E.1) 成り立つ、 すなわち $ d(x_j,x_{j+1})\le k^j d(x_0,x_1)$ が成り立つと仮定すると

$\displaystyle d(x_{j+1},x_{j+2})=d(T x_j,T x_{j+1})\le k d(x_j,x_{j+1})
\le k\cdot k^j d(x_0,x_1)=k^{j+1}d(x_0,x_1).
$

すなわち $ n=j+1$ のときも (E.1) が成り立つ。
数学的帰納法により、(E.1) は任意の $ n\ge 0$ について成り立つ。

Step 2     $ \left\{x_n\right\}_{n\ge 0}$$ X$ における Cauchy 列である。 実際、 $ n,m\in\mathbb{N}$, $ n>m$ とするとき

$\displaystyle d(x_m,x_n)$ $\displaystyle \le d(x_m,x_{m+1})+d(x_{m+1},x_{m+2})+\cdots+d(x_{n-1},x_n)$    
  $\displaystyle =\sum_{j=0}^{n-m-1}d(x_{m+j},x_{m+j+1})$    
  $\displaystyle \le\sum_{j=0}^{n-m-1}k^{m+j}d(x_{0},x_{1}) =k^m d(x_0,x_1)\sum_{j=0}^{n-m-1}k^j =k^m d(x_0,x_1)\frac{1-k^{n-m}}{1-k}$    
  $\displaystyle \le\frac{k^m}{1-k} d(x_0,x_1).$    

$ m>n$ のときは

$\displaystyle d(x_m,x_n)\le\frac{k^n}{1-k}d(x_0,x_1).
$

一般に、任意の $ n,m\in\mathbb{N}$ に対して

$\displaystyle d(x_m,x_n)\le \frac{k^{\min\{n,m\}}}{1-k}d(x_0,x_1)
$

が成り立つ。ゆえに $ \left\{x_n\right\}_{n\ge 0}$ は Cauchy列である。

Step 3     $ X$ は完備であるから、 ある $ x_\infty\in X$ が存在して、

$\displaystyle \lim_{n\to\infty}x_n=x_\infty.
$

これから

$\displaystyle 0\le d(x_\infty,Tx_\infty)=\lim_{n\to\infty}d(x_n,x_{n+1})=0.
$

ゆえに $ d(x_\infty,T x_\infty)=0$. ゆえに $ Tx_\infty=x_\infty$. これは $ x_\infty$$ T$ の不動点であることを意味する。 $ \qedsymbol$ $ \qedsymbol$

さて、 $ T\colon X\to X$, $ n\in\mathbb{N}\cup\{0\}$ に対して、 $ T^n\colon X\to X$ を以下のように帰納的に定める。

$\displaystyle T^0 x=x$   ($ x\in X$)$\displaystyle ,$

$\displaystyle T^{i}x=T(T^{i-1} x)$   ( $ i\in\mathbb{N}$)$\displaystyle .$

縮小写像の定理の系として得られる次の定理は非常に役立つ。

\begin{jtheorem}[冪が縮小写像ならば不動点を持つ]
$X$\ を $\math...
...き $\left\{x_n\right\}$\ は $T$\ の不動点に収束する。
\end{jtheorem}
手品のような証明という印象がある。

証明. $ T^m$ は縮小写像なので、$ T^m$ の不動点 $ x^\ast$ が存在する。すなわち

$\displaystyle T^m(x^\ast)=x^\ast.
$

このとき

$\displaystyle T^{m}(T x^\ast)=T^{m+1}x^\ast=T(T^m x^\ast)=Tx^\ast
$

であるから、$ T x^\ast$$ T^m$ の不動点である。 $ T^m$ の不動点の一意性から

$\displaystyle T x^\ast=x^\ast
$

である。これは $ x^\ast$$ T$ の不動点であることを表わす。 $ T$ の不動点は $ T^m$ の不動点でもあるから、 $ T^m$ の不動点の一意性から $ T$ の不動点の一意性が導かれる。

任意の $ x_0\in X$ を取って、

$\displaystyle x_{n+1}=T x_n$

で点列 $ \{x_n\}_{n\in\mathbb{N}}$ を定める。各 $ r\in\{0,1,\cdots,m-1\}$ に対して、 この点列の部分列 $ \{x_{mj+r}\}_{j\in\mathbb{N}}$ を考えると、 これは $ x_r$ を初期値として、漸化式

$\displaystyle x_{m(j+1)+r}=T^m(x_{mj+r})
$

で作った点列である。$ T^m$ が縮小写像であることから、これは $ T^m$ の唯一の不動点 $ x^\ast$ に収束する:

$\displaystyle \lim_{j\to\infty}x_{mj+r}=x^\ast.
$

任意の $ r$ に対してこれが成り立つことから、

$\displaystyle \lim_{n\to\infty}x_n=x^\ast. \qed
$

$ \qedsymbol$

桂田 祐史