6.3 数学的解析 (1)

数学的解析もしてみよう。 やってみると、Lotka-Volterra 方程式の時と同じようなところも多い。


Lotka-Volterra の方程式の場合と同様に、 局所解の存在、解の一意性はすぐ分かる (簡単なので省略する)。 また解が $ \mathbb{R}$ 全体に延長できることも同様にして証明ができる (以下で示すように解軌道の方程式が求まるので、 それから解の有界性の議論を経て証明できる)。


\begin{jtheorem}
解が$0$を含む区間 $I$\ で存在すると仮定する...
...ll t\in I)\quad S(t)+I(t)+R(t)=S(0)+I(0)+R(0).
\end{displaymath}
\end{jtheorem}

証明.

$\displaystyle \frac{\D}{\D t}(S(t)+I(t)+R(t))=
S'(t)+I'(t)+R'(t)
=-\beta S(t)I(t)+\beta S(t)I(t)-\gamma I(t)+\gamma I(t)
=0
$

であるから $ S(t)+I(t)+R(t)$ は定数である。 $ \qedsymbol$ $ \qedsymbol$

総人口は定数であるから、これを $ N$ とするとき、

$\displaystyle S(t)+I(t)+R(t)=N.$ (6.2)

SIRモデルの最初の2つの方程式

\begin{subequations}% 2022-02-21 16:28の式群
\begin{align}&\frac{\D S}{\D t}=-\beta S I,\\ &\frac{\D I}{\D t}=\beta S I-\gamma I\end{align}\end{subequations}

$ R=R(t)$ を含まないことに注意しよう。 初期条件

$\displaystyle S(0)=S_0,\quad I(0)=I_0$ (6.4)

を与えれば、$ S(t)$, $ I(t)$ が定まる。 すると

$\displaystyle R(t)=N-S(t)-I(t)
$

$ R(t)$ が求められる。 以上より、$ S(t)$, $ I(t)$ のみを考えれば十分である。


\begin{jtheorem}
% latex2html id marker 1249
\begin{enumerate}[(1)]
\item
$(S...
...負の部分はそれぞれ解軌道である。
\end{enumerate}\end{jtheorem}

必修課題 6.3.1   定理6.3 を証明せよ。


\begin{jtheorem}[SIRモデルの解の性質]
初期値 $(S(0),I(0))$\ が $S(0...
...$S=\frac{\gamma}{\beta}$\ で最大値を取る。
\end{enumerate}\end{jtheorem}

特に、 $ S(0)>\frac{\gamma}{\beta}$ ならば、 $ I$$ S$ の関数として狭義の増加関数、 時刻 $ t$ の関数として狭義の減少関数である。 $ S(0)<\frac{\gamma}{\beta}$ ならば、$ t$ が小さい ( $ S(t)>\frac{\gamma}
{\beta}$ が成り立つ) うちは、$ I$ は増加関数で、 $ t$ が大きい ( $ S(t)<\frac{\gamma}{\beta}$ が成り立つ) ときは、 $ I$ は減少関数である。


この定理の証明は、 ほどほどの難しさであろう。 ということで、演習課題にしていたのだけれど、 誰も解いてくれないので、以下に証明を示す。

証明.
(1)
第1象限の境界は $ \left\{(S,0)\relmiddle\vert S\ge 0\right\}\cup
\left\{(0,I)\relmiddle\vert I>0\right\}$ である。 $ S$ 軸上の点はすべて平衡点であり、$ I$ 軸の正の部分は解軌道であるから、 第1象限内の点から出発した解は第1象限にとどまる。

もう少し詳しくいうと、第1象限の点 $ (S_0,I_0)$ から出発した解 (初期条件 $ (S(0),I(0))=(S_0,I_0)$ を満たす微分方程式の解) が、 第1象限の補集合に到達するならば、 中間値の定理によって、 $ S$軸上の点 $ (S^\ast,0)$ (ここで $ S^\ast\ge 0$) か、 $ I$ 軸上の点 $ (0,I^\ast)$ (ここで $ I^\ast>0$) を通る。 すなわち、ある $ t^\ast\in\mathbb{R}$ が存在して $ (S(t^\ast),I(t^\ast))=(S^\ast,0)$ または $ (S(t^\ast),I(t^\ast))=(0,I^\ast)$. 前者の場合、$ (S^\ast,0)$ 軸上の点が平衡点であることから、解の一意性に反する。 また後者については、 $ (S(t),I(t))
=(0,I^\ast e^{-\gamma(t-t^\ast)})$ が解であることから、 やはり解の一意性に反する。 ゆえに第1象限内の点から出発した解は第1象限内にとどまる。

(2)
解軌道は第1象限に含まれることがわかった。一方

$\displaystyle \frac{\D}{\D t}(S(t)+I(t))=-\gamma I(t)<0
$

であるから、 $ S(t)+I(t)\le S(0)+I(0)$. $ S(t),I(t)>0$ に注意すると

$\displaystyle S(t)\le S(0)+I(0),\quad I(t)\le S(0)+I(0).
$

以上から解軌道は有界で、$ \bm{f}$ も解軌道上で有界であることが分かる。 従って解は $ \mathbb{R}$ 全体で定義される。
(3)
微分方程式の解であることから

$\displaystyle I'(t)=-\beta S(t)I(t)+\gamma I(t)
=\beta S(t)I(t)\left(-1+\frac{...
...frac{1}{S(t)}\right)
=S'(t)\left(-1+\frac{\gamma}{\beta}\frac{1}{S(t)}\right)
$

両辺を $ t$ について(一時的に変数を $ \tau$ に置き換えて)、 0 から $ t$ まで積分すると

$\displaystyle \int_0^t I'(\tau)\D\tau
=\int_0^t\left(-1+\frac{\gamma}{\beta}\frac{1}{S(\tau)}\right) S'(\tau)\D\tau.
$

右辺は置換積分の公式から次式に等しい:

$\displaystyle \int_{S(0)}^{S(t)}\left(-1+\frac{\gamma}{\beta}\frac{1}{S}\right)\D S.
$

ゆえに

$\displaystyle I(t)-I(0)=S(0)-S(t)+\frac{\gamma}{\beta}\log\frac{S(t)}{S(0)}.
$

(4)
$ S(t)>0$, $ I(t)>0$ が示されたので、 $ S'(t)=-\beta S(t)I(t)<0$. ゆえに $ S$は狭義単調減少関数であり、 逆関数 $ t=t(S)$ が存在する。ゆえに $ I=I(t(S))$$ S$ の関数である。

$\displaystyle \frac{\D I}{\D S}
=\frac{\frac{\D I}{\D t}}{\frac{\D S}{\D t}}
=\frac{\beta S I-\gamma I}{\beta S I}
=\frac{\gamma-\beta S}{\beta S}. \qed
$

$ \qedsymbol$

桂田 祐史