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11.2 見掛けが少し異なる3つの Sylvester の慣性律

以下に現れる行列は (時々「実」を書き漏らすけれど) すべて実行列とする。

実対称行列 $ A$ に対して、 $ A$ の固有値のうちで正であるものの個数、 負であるものの個数、 0 であるものの個数をそれぞれ $ \pi(A)$ , $ \nu(A)$ , $ \zeta(A)$ と書くことにする。

$ A$ $ n$ 次正方行列として、

$\displaystyle \pi(A),\nu(A),\zeta(A)\ge 0,\quad \pi(A)+\nu(A)+\zeta(A)=n
$

である。

まず実対称行列の実直交行列による対角化に関する常識的事項 (線形代数で習うはず) を復習する (これがなくても Sylvester の慣性律の証明は出来るわけだが、 使った方が私には見通しが良いので…)。

$ A$ $ n$ 次実対称行列ならば、実直交行列 $ U$ ( $ U^{-1}=U^T$ ) と 実数 $ \lambda_1$ , $ \cdots$ , $ \lambda_n$ が存在して、

$\displaystyle U^T A U=\diag\left(\lambda_1,\cdots,\lambda_n\right).
$

ゆえに $ \forall x\in\R^n$ に対して $ y:=U^{-1} x$ とおくと、$ x=U y$ で、

$\displaystyle (Ax,x)=(A U y,U y)=(U^T A U y,y)=\sum_{j=1}^n \lambda_j y_j^2.
$

こうして2次形式 $ (Ax,x)$ を平方和 -- 定数$ \times
($何か$ )^2$ の和 -- に変形できる。 平方完成と呼んでも良いだろうが、 これを2次形式の対角化という。 標語的に
平方完成は対角化である
と言っても良いであろう (筋の通った主張にするには色々言葉を足さなければいけないが、 迷子にならないために手短に言い切っておく)。


ところで、上の対角化の議論の要点は

(i)
$ U^T A U$ が対角行列 $ \diag\left(\lambda_1,\cdots,\lambda_n\right)$ である
(ii)
$ U$ は正則
の二つである、と言えるだろう。

$ (Ax,x)$ が平方和の形に書けるためには、 $ U$ が実直交行列であることは必要ない (だから以下では $ U$ でなく、 $ P$ と書いたりする)。

$ U$ が実直交行列でなければ、 $ \lambda_j$ $ A$ の固有値とは限らないが、 $ \lambda_j$ ( $ j=1,\cdots,n$ ) のうちの正であるものの個数、 負であるものの個数は、$ A$ で定まる。 それを定式化したものが、次の Sylvester の慣性律と呼ばれる定理である。

\begin{jtheorem}[Sylvester の慣性律, (Sylvester's law of inertia)]
任意...
...数は、正則行列によらず、$A$ だけで定まる。)
\end{jtheorem}

この定理は、 少し後で紹介する「良くテキストに載っている証明」からすると自然な主張であるが、 やや正体が分かりづらいのでは?と思う。 次の定理とセットにして覚えることを勧める。

\begin{jtheorem}[老婆心版 Sylvester の慣性律]
任意の実対称行列 ...
... n_p=\pi(A),\quad n_n=\nu(A),\quad n_z=\zeta(A).
\end{displaymath}\end{jtheorem}

証明. 定理 11.1 を認めた上での証明を与える。 $ P$ として $ U^T A U=\diag[\lambda_1,\cdots,
\lambda_n]$ となるような実直交行列 $ U$ を取れば、 $ P^T A P=U^T AU=U^{-1} A U$ $ A$ の相似変換であり、 $ \lambda_1$ , $ \cdots$ , $ \lambda_n$ $ A$ の固有値である。 ゆえに $ n_p$ , $ n_n$ , $ n_z$ はそれぞれ $ \pi(A)$ , $ \nu(A)$ , $ \zeta(A)$ に等しい。 $ \qedsymbol$ $ \qedsymbol$

杉原・室田 [8] には、 次の形の Sylvester の慣性律が載っている。

\begin{jtheorem}[杉原・室田版 Sylvester の慣性律]
$A$ を実対称...
...u(B),\quad \zeta(A)=\zeta(B)
\end{displaymath}が成り立つ。
\end{jtheorem}

結論部分が「〜に依らず、〜で定まる」でなくて、 具体的な等式である点は、 定理 11.2 と同じである。 対角化でなくて、変換した行列 $ B$ の固有値の話にしてしまうのも、 少なくとも彼らの目的 (固有値の数値計算アルゴリズムの議論をする) にとっては使いやすいようである。


ここでは、 定理11.2 と 定理11.3 が同等であること (一方を認めれば他方がすぐに導かれること) を見てみよう。

まず、定理11.3 を認めよう。 $ n$ 次実対称行列 $ A$ , 正則行列 $ P$ に対して、 $ \exists\lambda_1,\cdots,\lambda_n$ s.t. $ P^T A P=\diag[\lambda_1,\cdots,\lambda_n]$ となったとすると、 $ B:=P^T A P$ の固有値は (対角成分である) $ \lambda_1$ , $ \cdots$ , $ \lambda_n$ であるから、

$\displaystyle n_p=\pi(B)=\pi(A),\quad n_n=\nu(B)=\nu(A), \quad n_z=\zeta(B)=\zeta(A).
$

逆に定理 11.2 を認めよう。 実対称行列 $ A$ , 正則行列 $ P$ に対して、 $ B:=P^T A P$ とおく。 $ B$ は実対称行列であるから、適当な実直交行列 $ U$ で対角化できる: $ \exists\lambda_1,\cdots,\lambda_n\in\R$ s.t. $ U^T B U=\diag[\lambda_1,\cdots,\lambda_n]$ . このとき

      $\displaystyle \diag\left(\lambda_1,\cdots,\lambda_n\right)=U^T B U=U^T P^T A P U =(PU)^T A (PU)=P'^T A P',$
      $\displaystyle P':= PU.$

$ P$ $ U$ が正則であるから、$ P'$ は正則である。 定理 11.2 から、 ($ B$ の固有値である) $ \lambda_1$ , $ \cdots$ , $ \lambda_n$ のうちで 正であるものの個数、負であるものの個数、0 であるものの個数は、 それぞれ $ \pi(A)$ , $ \nu(A)$ , $ \zeta(A)$ に等しい。 ゆえに $ \pi(B)=\pi(A)$ , $ \nu(B)=\nu(A)$ , $ \zeta(B)=\zeta(A)$ . $ \qedsymbol$


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桂田 祐史
2015-12-22