next up previous contents
Next: 11.1.1 行列についての色々な同値関係 Up: 11 Sylvester の慣性律, 2次形式の対角化 Previous: 11 Sylvester の慣性律, 2次形式の対角化

11.1 本題に入る前に

自分自身が最初のうち景色が見えなかったので、色々書いてみる。

Sylvester の慣性律とは、 2次形式を平方完成したときの係数の符号が、 平方完成のやり方 (それはたくさんある) によらずに決まる、 という事実を定式化したものである。

平方完成のことを「2次形式の対角化」ともいう。 それは議論を行列の言葉で書くことが出来て、 与えられた対称行列 (2次形式の係数行列) $ A$ に対して、 適当な正則行列 $ P$ を見つけて、 $ P^T A P$ を対角行列にする操作に相当しているからである。

この変換 $ A\mapsto P^T A P$ は、 相似変換 $ A\mapsto P^{-1}A P$ と似ているが、 一応は別物であることに注意する (前者は正則な線形変数変換によるもので、 後者は基底の取り替えによるものである)。 ややこしいのは、対称行列の固有値問題では、 直交行列 ( $ P^T=P^{-1}$ を満たす行列) で対角化するため、 両者が重なってしまうことである (個人的にはかなり混乱したところ)。


何に使われるかについても、あらかじめ、少しは知っておいた方が良いかもしれない。

大学1,2年次に遭遇する適用例としては、 多変数関数の極値問題を微分法で扱う際に、2階までの Taylor 展開をしたとき、 2次の項が2次形式になっている、というのがある (大抵の微積のテキストには書いてあるが、例えば桂田 [4])。 $ f$ $ n$ 変数関数で、内点 $ a$ で極値を取るには、 $ f'(a)=0$ が必要で、そのとき

$\displaystyle f(a+h)=f(a)+$$ h$ の2次形式$\displaystyle +O(\left\Vert h\right\Vert^2)$   ($ h\to 0$ )$\displaystyle .$

そこで2次形式の符号に興味が出て来るわけである。 どういう場合があって、どうやれば判定できるか。 他にも Morse の Lemma などで、 関数の「様子」を理解するために使われる。

数値線形代数においては、固有値を求めるための2分法というアルゴリズムが、 Sylvester の慣性律で理解出来る、という応用もある。


もう少し式を使って具体的な話として書いてみる。

「2次形式の対角化」は、次の二つの同値な問題である。

(a)
(平方完成) 2次形式 $ A[x]=\dsp\sum_{i,j=1}^n a_{ij}x_i x_j$ が与えられたとき、

$\displaystyle A[x]=\sum_{j=1}^p \alpha_j y_j^2-\sum_{k=1}^q\alpha_{p+k}y_{p+k}^2$   (ここで $ \alpha_j>0$ )

となる正則線形変換 $ x=P y$ を求める問題
(b)
(行列の「対角化」) 実対称行列 $ A$ が与えられたとき、

      $\displaystyle P^T A P=D,$
      $\displaystyle D:=\diag(\alpha_1,\cdots,\alpha_p, -\alpha_{p+1},\cdots,-\alpha_{p+q},0,\cdots,0)$   (ここで $ \alpha_j>0$ )

を満たす正則行列 $ P$ を求める問題

$ p$ , $ q$ $ P$ によらず $ A$ だけで定まる。さらに実は $ p+q=\rank A$ である。

$ P$ として一般の正則変換を許せば (つまり $ P\in GL(n;\R)$ )、 $ \alpha_j=1$ ( $ j=1,\cdots,p+q$ ) と出来る。

$ P$ として直交変換に限っても対角化は可能で (もちろん $ p$ , $ q$ も変わらない)、そのときは $ D$ の対角成分 $ \alpha_1$ , $ \cdots$ , $ \alpha_p$ , $ -\alpha_{p+1}$ , $ \cdots$ , $ -\alpha_{p+q}$ , 0 , $ \cdots$ , 0 $ A$ の固有値である。


三角行列の積の形に分解する話との関係。

$ \det A_k\ne 0$ ( $ k=1,\cdots,n$ ) でない場合にどうするかについて 述べてみよう。 その後で何をしたいかによってやることが異なる、と理解すべきである。

連立1次方程式 $ A x=b$ を解くために $ A$ を何らかの意味で分解するのが 目的ならば、 適当な置換行列 $ P$ (上の議論と文字がかぶるけど大目に見て下さい) と、単位下三角行列 $ L$ が取れて

$\displaystyle P A=L D L^T
$

となる、というのが一つの目標となるだろう。

行列の符号の判別をしたい場合は、

(i)
$ A$ が正値であるためには、ピボッティングなしの Gauss の消去法で 対角線から下を消去できて、対角成分がすべて正数になることが必要十分。
(ii)
$ A$ が負値であるためには、ピボッティングなしの Gauss の消去法で 対角線から下を消去できて、対角成分がすべて負数になることが必要十分。
(iii)
$ A$ が正値でも負値でもなく、さらに行列式が 0 でないならば、 $ A$ は不定符号であるが、これは逆は成り立たない。
(iv)
一般の場合に $ A$ の符号数 $ (p,q)$ を求めるには、少し工夫が必要である。 伊理 [11] または [3] を見よ。



Subsections
next up previous contents
Next: 11.1.1 行列についての色々な同値関係 Up: 11 Sylvester の慣性律, 2次形式の対角化 Previous: 11 Sylvester の慣性律, 2次形式の対角化
桂田 祐史
2015-12-22