I..1 個人的な見解・意見

定数係数線形常微分方程式

$\displaystyle a_0x^{(n)}(t)+a_1x^{(n-1)}(t)+\cdots+a_{n-1}x'(t)+a_n x(t)=f(t)$   ($ t\in I$)

について論じるときに ($ I$ $ \mathbb{R}$ のある区間)、 微分多項式 (differential polynomial) が導入されることが多い。

微分作用素

$\displaystyle D:=\frac{\D}{\D t}$ (I.1)

を導入して、

$\displaystyle f(\lambda)=a_0 \lambda^n+a_1\lambda^{n-1}+\cdots+a_{n-1}\lambda+a_n \in\mathbb{C}[\lambda], \quad x\in C^{n}(I)$ (I.2)

に対して

$\displaystyle f(D)x:=a_0x^{(n)}+a_1x^{(n-1)}+\cdots+a_{n-1}x'+a_n x$ (I.3)

と定める。 $ f(D)x\in C(I)$ であり、 $ f(D)\colon C^{(n)}(I)\to C(I)$ とみなせる。

簡単のため、2階微分方程式の場合、

$\displaystyle (D-\alpha)(D-\beta)x=0
$

という式を考えてみよう。 一見単純ではあるが、何かルールを定めないと解釈にあいまいさのある式である。 実際、次のような複数の解釈が考えられる。
(i)

$\displaystyle (D-\alpha)\left((D-\beta)x\right)=0
$

と解釈するのか。
(ii)
$ f_1(\lambda):=\lambda-\alpha$, $ f_2(\lambda):=\lambda-\beta$ として、 $ f_1(D)=D-\alpha$ $ f_2(D)=D-\beta$ の積 $ f_1(D)
f_2(D)$ を適当に定めることにして、

$\displaystyle \left(f_1(D)f_2(D)\right)x=0
$

と解釈するのか。 $ f_1(D)
f_2(D)$ としては
(a)
$ \left(f_1(D)f_2(D)\right)x=f_1(D)\left(f_2(D)x\right)$ ( $ x\in C^{2}(I)$) で定まる $ f_1(D)f_2(D)\colon C^2(I)\to C(I)$.
(b)
$ f(\lambda):=\lambda^2-(\alpha+\beta)\lambda+\alpha\beta$ (つまり $ (\lambda-\alpha)(\lambda-\beta)$ を展開・整理してできる多項式) としたときの $ f(D)\colon C^2(I)\to C(I)$.

微分多項式を扱っている常微分方程式のテキスト・解説はたくさんあるけれど、

この記号がどのように使われるか、典型例を一つあげてみよう。
$ f(\lambda)=\lambda^2+p\lambda+q\in\mathbb{C}[\lambda]$ $ f(\lambda)
=(\lambda-\alpha)(\lambda-\beta)$ と因数分解されるとき、 $ f(D)x=0$ を満たす $ x$ に対して $ x_1:=(D-\beta)x$ とおくと

$\displaystyle (D-\alpha)x_1=(D-\alpha)(D-\beta)x=f(D)x=0
$

が成り立つので、ある定数 $ C$ が存在して $ x_1(t)=Ce^{\alpha t}$ が成り立つ。

これを見ると $ (D-\alpha)\left((D-\beta)x\right)$ としているように思われるので、 解釈 (i) が有望そうであるが、それを $ f(D)x$ に等しいとしているので、 $ (D-\alpha)(D-\beta)=f(D)$ とみなしているようでもある。

どのように定義するかは、正しい答えが一つだけある、 というのではないことに注意しよう。 数学の概念の多くは、複数の仕方で定義することが出来て、 ある流儀で定義したとき、 別の流儀の定義に現れる式が定理となったりする。 全体として同じことができれば構わない。



桂田 祐史