2.1 SIRモデルの紹介

感染症の数理をじっくり勉強しようという人には、 有名なSIRモデルについてのていねいな説明が載っている 佐藤 [8] から読み始めるのがお勧めである。

この節では [8] に従って、SIRモデルの紹介をする。


言葉の説明から始める。

感染症
英語では infectious disease.
感受性者
(まだ感染していないので) これから感染する可能性がある人のこと。 英語では susceptible (individuals) というので、 感受性者の数 (the number of susceptible individuals, the stock of susceptible population) のことを文字 $ S$ で表すことが多い。 巷では「感染予備軍」と訳す人もいるが正式な言葉かは不明。
感染者
英語では infectious individuals あるいは infected individuals というので、 感染者の数 (the number of infectious individuals, the stock of infected population) のことを文字 $ I$ で表すことが多い。
回復者
感染してから治った人のことを回復者と呼ぶ。 免疫を獲得したのでもう感染することはないので、 感受性者と区別する。英語では recovered individuals というので、 回復者の数のことを文字 $ R$ で表すことが多い。

感染症にかかると回復せずに死亡する場合もあるし、 回復する前に発見されて隔離される場合もある。 回復者、死亡者、隔離者をまとめて除去者と呼び、 その数を $ R$ と表す、とする立場もある。

空間分布を考えず、人数の時間変化を考えることにして、 時刻 $ t$ における感受性者、感染者、回復者の数を $ S(t)$, $ I(t)$, $ R(t)$ で表すことにする。

適当な仮定をおくと、次の連立微分方程式が導かれる。

\begin{subequations}% 2021-02-23 00:27の式群
\begin{align}&\frac{\D S}{\D t}=...
...)I(t)-\gamma I(t) &\frac{\D R}{\D t}=\gamma I(t).\end{align}\end{subequations}

ここで $ \beta$, $ \gamma$ は正定数である。

(1a), (1b), (1c) を SIR モデルと呼ぶ。

これは、 1927年に出版された William Ogilvy Kermack と Anderson Gray McKendrick の論文 [9] で提案されたので、 Kermack-McKendrick モデルとも呼ばれている。

ちなみに [9] では、 $ S(t)$, $ I(t)$, $ R(t)$ をそれぞれ $ x_t$, $ y_t$, $ z_t$ で表し、 “the number of individuals still unaffected”, “the total number who are ill”, “the number who have beeen removed by recovery and death” と説明している。

すぐ分かるように SIR モデルでは総人口が一定である (死亡することを考えない、あるいは死者も数えるから、当たり前)。

\begin{jtheorem}
SIRモデルの任意の解 $S(t)$, $I(t)$, $R(t)$ に対し...
...定数である:
\begin{displaymath}
N(t)=N(0).
\end{displaymath}\end{jtheorem}

証明. 任意の $ t$ に対して、

$\displaystyle N'(t)
=S'(t)+I'(t)+R'(t)
=-\beta S(t)I(t)+\left(\beta S(t)I(t)-\gamma I(t)\right)+\gamma I(t)=0
$

であるから、$ N(t)$ は定数である。$ \qedsymbol$ $ \qedsymbol$

$ N(0)$ を単に $ N$ と表すと

(2) $\displaystyle S(t)+I(t)+R(t)=N.$

桂田 祐史