3.1.3 位相的直和、位相的補空間

この項の内容は主に Brezis [10] による。 なお、[10] では代数的直和を単に「直和」と書いているが、 この文書では誤解のないようにつねに「代数的直和」と書く。

Hilbert 空間 $ X$ では、 任意の閉線型部分空間 $ M$ について

$\displaystyle X=M\oplus M^\perp$   (直交直和)

が成立する。

この一般化、つまり内積を考えない直和分解を考えよう。 $ X$ が二つの線型部分空間 $ M$ $ L$ の代数的直和であるとは、

$\displaystyle X=M+L$   (代数的直和)$\displaystyle \quad\DefIff\quad
\forall x\in X\quad
\exists! y\in M\quad
\exists! z\in L\quad x=y+z
$

ということであった ($ X=M+L$ かつ $ M\cap L=\{0\}$ とも書ける)。

有限次元線型空間のことを思い出しても、 $ M$ の相手「補空間」 $ L$ は一意的には決まらない、 ということをまず注意しておく。

無限次元空間の場合は、位相的なことを考慮する必要がある。 一言で言うと、$ M$ $ L$ を閉集合であるという条件を付加する。 こうしておくとそれぞれへの射影作用素が連続になる (以下の系 3.1.11 を参照)。


\begin{jdefinition}[位相的補空間]
$X$\ は Banach 空間で、
$M$\ を $...
...閉集合。
\item $M\cap L=\{0\}$, $M+L=X$.
\end{enumerate}\end{jdefinition}

この定義の状況下で、 $ X$ から $ M$ $ L$ への射影は連続になる (以下で証明する)。

明らかに、 Hilbert 空間においては、 任意の閉線型部分空間 $ M$ に対して、 $ M$ の直交補空間 $ M^\perp$ $ M$ の位相的補空間になっている。


\begin{jproposition}[Brezis \cite{Brezis} 命題II.8]
$X$\ を Banach 空間、...
...ox{and}\quad
\Vert z\Vert\le C\Vert x\Vert.
\end{displaymath}\end{jproposition}

証明

$ M\times L$ にノルム $ \Vert[x,y]\Vert:=\Vert x\Vert+\Vert y\Vert$ を 与えたノルム空間と、 $ X$ の部分ノルム空間 $ M+L$ を考え、 $ T\colon M\times L\to M+L$

$\displaystyle T[x,y]:=x+y
$

で定めると、これは有界線型かつ全射であるから、 開写像定理により、 $ \exists C>0$ , ( $ \forall x\in M+L$ : $ \Vert x\Vert<C$ ) ( $ \exists y\in M$ ) ( $ \exists z\in L$ ) s.t.

$\displaystyle x=y+z,\quad \Vert x\Vert+\Vert y\Vert<1.
$

これから任意の $ x\in M+L$ に対して、 $ \exists y\in M$ , $ \exists z\in L$ s.t.

$\displaystyle x=y+z,\quad \Vert y\Vert+\Vert z\Vert\le \frac{1}{C}\Vert x\Vert.\qed
$

この補題から次の系は明らかである。


\begin{jcorollary}[位相的直和において射影は連続]
を参照)。
$X...
...$x=y+z$) はともに連続かつ線型な作用素である。
\end{jcorollary}

ところで、ここが重要なことだが、 任意に選んだ閉線型部分空間 $ M$ に対して、 その位相的補空間が存在するとは限らない。

\begin{jproposition}[位相的補空間の存在・否存在]
\begin{enumerate}[...
...間を持つ (Lindenstrauss and Tzafriri)。
\end{enumerate}\end{jproposition}

(証明はとりあえず省略。 (1), (2) については例えば Brezis [10] などを見よ。 小松・伊藤 [3] や Treves [11] にもあったかな。 (3) については、Banach に載っているとも。)

$ p\ne 2$ のときの $ L^p(\Omega)$ $ \ell^p$ においても、 位相的射影を持たない閉線型部分空間がある。 これらが Hilbert 空間と同型でないことを示せば良いわけだが、

F.J.Murray, Trans.Amer.Math.Soc. 41 (1937), 138-152
にあるとか (岡本・中村 [3] に載っていた情報)。

桂田 祐史
2017-04-30