41 Git に久しぶりに再挑戦 (しばらく工事中)     ChatGPT に教わる

Git は、 ずっと以前に修士の院生達の修論の進行状況を見せてもらうために、 使ったことがある。 簡単なものだと、Google Drive とか Dropbox でやったりするのだけど、 Git と Git サーバー (というのかな、そのときは Bitbucket を選んだ) 院生にとっても、 バックアップにもなるし、履歴管理もできるだろうから、イイことがある、 という考えであった。

でもその後、自分があまり慣れていないものを教えるのもおっくうだし、 ということで触れない状況になっていた。

個人的にも、あまり複雑なプログラム開発しないし、というのもあった。


つい最近、自分が書いて公開している資料を、 引退後もしばらく公開を続けるための手段として github を利用してみる、 という人の話を見かけた。 資料のそういう形での公開は、自分でもうっすらと考えていたことであるが、 なるほど試してみようかな、と思った。


久しぶりに Git/Github に触れてみると、 前回にもまして、 分かりやすい情報が得やすくなっていることに気づく。


前回は「こういうことをしたければ、こうする」を中心に学んだ(覚えた)が、 今回は、用語を正確に知って、 どういう処理をしているか、なぜそうするかを理解しよう、と考えた。 そういう場合、自分で問を出して、答えてみて、 それが正しいか確認したい。 その最後のところを ChatGPT のお世話になることにした。 やってみて、とても分かりやすい、と感じた。


(2025/12/23 雑談) 最近、とあること(私事)で大量のメモ・ノートを書かなければいけない状況に陥った。 仕事でやっているような調子で書いていたのだけれど、 かなり疲れている状態で作業するためか、ミスが頻発する。 仕事でやっているときは、これよりは余裕があるせいか、 同様のミスはあまり起きていなかった (ときどき「あー、やってしまった。 仕方ない time capsule で戻すか。」 となる程度)。 自分にとって予想外だったが、Git を導入することになった。 Git にまだ良く慣れていないせいで時々困った状態になるけれど (どうすれば良いのか、ChatGPT に聞いてみよう、ですぐ解決する)、 少なくともバージョン管理自体は完璧で、 知らなかった世界が体験できている感じがする。


(2025/12/24 雑談) 教育というか、学ぶ立場からすると学習というか、 今 AI の登場で大きく変わりつつある、と把握しておくべきなのだろう。 学校の教育指導要領の数学にも、 AI のせいで大きな変化があるかもしれないという噂も聞く。 自分に関わることでも、 講義においてこれまでの人力での採点・添削を見直せないかと考えたりする。 今回、Git を学ぶにあたって ChatGPT を使ってみて考えたこと。 とにかくものすごい物知りだが、本当に理解した上で説明しているのではないので、 細かいところで間違えたりする。正解を知っていて、 それらしい説明が出来るけれど、覚えていることを吐き出している、 という感じだ。 普通の(人間の?)教師とはかなり違う感じがする。 人間はそんなに物知りにはなれない代わりに、自分の専門に関しては、 よく(深く?)理解していて、それに基づいて説明が作れる。 ChatGPT に教わるのは、教師ではなくて、 物知りの友人(まだ深く理解出来ているわけではない) に教わっているような感じで、 でもそれで十分役に立つ。 短期的に見れば大変便利である。 ふと、これが普及すると、 人間同士で教え合うという機会が激減するように予想される。 昔から、 他人に説明することは、説明する人にとっても良い学びとなる、 と言われて来て、確かにそうだと私は思うわけだけど、一体どうなるのだろう。


(2026/1/13 雑談) 数日前から、ChotGPT 5.2 Pro が、 Erdös の未解決問題を解いたというのが話題になっている。 Terence Tao が認めたとか。X にこの要約をしたポストがあがっていた。

🌟GPT-5.2 Proがエルデシュの問題を解いたことに関するテレンス・タオ氏の投稿の要約

「AIで数学の未解決問題をほぼ自動的に解くことに成功、 AIツールにおける重要な進展に」

コンピューター将棋が将棋に与えた影響とか思い出したりする。 これからしばらくは、 ChatGPT のようなAIを数学の研究・学習・研究にどう役立てられるか、 検討することになるのかな。 私の人生も中盤を過ぎて終盤戦に突入する段階だけど、 思いもかけない局面を見ることになった。

未来は霧の中?



桂田 祐史