7.6 少し凝った例: 円周率の計算

「円周率の計算の歴史」 という文書もある。興味があれば見てみよう。

$ \arctan$ の Maclaurin 展開

$\displaystyle \arctan x=x-\frac{x^3}{3}+\frac{x^5}{5}-\cdots
=\sum_{n=0}^\infty (-1)^n\frac{x^{2n+1}}{2n+1}
$

を用いて円周率 $ \pi$ を表す色々な無限級数を作ることができる。

有名なのが $ x=1$ とおいてできるマーダヴァ・グレゴリー・ライプニッツ級数 である:

$\displaystyle \frac{\pi}{4}=\arctan 1$   より$\displaystyle \quad
\pi=4\arctan 1=4
\left(
\frac{1}{1}-\frac{1}{3}+\frac{1}{5}-\frac{1}{7}+\cdots
\right).
$

これは印象的であるが、 収束は極端に遅く、$ \pi$ を計算する目的にはまったく使い物にならない。

絶対値の小さい $ x$ を選ぶと実用的な公式が得られる。 例えば $ \tan\pi/6=1/\sqrt{3}$ より

$\displaystyle \pi$ $\displaystyle =$ $\displaystyle 6\arctan\frac{1}{\sqrt{3}}
=6\sum_{n=0}^\infty\frac{(-1)^n}{\left(\sqrt{3}\right)^{2n+1}(2n+1)}
=2\sqrt{3}\sum_{n=0}^\infty\frac{1}{(-3)^n(2n+1)}$  
  $\displaystyle =$ $\displaystyle 2\sqrt{3}
\left(
1-\frac{1}{3\cdot3}+\frac{1}{3^2\cdot 5}
-\frac{1}{3^3\cdot 7}+\frac{1}{3^4\cdot 9}-\cdots
\right)$  

Abraham Sharp は $ 210$ 項まで足し合わせて、 小数点以下 100 桁以上の円周率の値を求めたという。

$\displaystyle s_n:=2\sqrt{3}\sum_{k=0}^n\frac{1}{(-3)^k(2k+1)}
$

とおき、$ s_n$ を計算する関数を作ってこのことを確かめよ。

 s[n_]:=2 Sqrt[3]Sum[1/((-3)^k*(2k+1)),{k,0,n}]
 s210=s[210]
 N[s210,200]
 s210-Pi

 ns[n_]:=N[s[n],1000]
 match[n_]:=-1.0*Log[10,Abs[ns[n]-Pi]]
 ListPlot[Table[match[n],{n,210}]]
 Remove[k,match,n,ns,s]

図 11: Sharpの方法.何項取れば何桁合うか.
\includegraphics[width=10cm]{mathematica-20100629/Sharp.eps}

L. Euler (超有名数学者) は次の公式を 1737 年に得た。

$\displaystyle \frac{\pi}{4}=\arctan\frac{1}{2}+\arctan\frac{1}{3},\quad
\pi=20\arctan\frac{1}{7}+8\arctan\frac{3}{79}.
$

John Machin (1680-1752, ロンドン大学天文学教授) は

$\displaystyle \frac{\pi}{4}=4\arctan\frac{1}{5}-\arctan\frac{1}{239}
$

を用いて 100 桁の値を計算した。この公式は以後多くの人達に採用され続ける。 人手での $ \pi$ の計算の記録としては、 William Shanks (1812-1882) が 1873 年に 707 桁計算した (527桁までが正しかった) のが最高だが、彼もこの公式を使った。

C. F. Gauss (数学界の巨人) は 1863 年に以下の公式を得た。

$\displaystyle \frac{\pi}{4}=12\arctan\frac{1}{18}
+8\arctan\frac{1}{57}-5\arctan\frac{1}{239},
$

$\displaystyle \frac{\pi}{4}=12\arctan\frac{1}{38}+20\arctan\frac{1}{57}
+7\arctan\frac{1}{239}+24\arctan\frac{1}{268}.
$

前者はおそらく 3 項の $ \arctan$ で表される公式のうちで最も効率が高い (らしい)。

2005年現在の最高記録は、 2002年12月、金田康正、うしろ後やすのり保範等の グループが達成した 1 兆 2400 億桁というものだが、 それは高野喜久雄の公式

$\displaystyle \frac{\pi}{4}=12\arctan\frac{1}{49}+32\arctan\frac{1}{57}
-5\arctan\frac{1}{239}
+12\arctan\frac{1}{110443}
$

による (この話は WWW で検索すれば色々ヒットするので省略)。


高野喜久雄氏は詩人として有名で、ウィキペディアにも載っている (それによると高校で数学の教員をしていたとか。 合唱曲「水のいのち」の作詞者。)。 2002年の計算については、 ご自身のWWWサイトで短いコメントを残している。 今はそのサイトはなくなっているが、 Internet Archive には残っている (「気になる談話室」)。



桂田 祐史