(昔話とか)
学会では予稿集が用意される。
かつては紙媒体オンリーで、学会会場についてから、 自分が参加する分科会の予稿集を購入するのがお決まりの儀式だった。 それからプログラムで題名だけ知っていた講演の部分をチェックして、 どの講演を聴くか予定を確定する。
発表者の立場では、予稿の原稿の提出は、ずっと昔は紙でやっていたのだっけ。 そのうちにファイルで提出するようになった。 移行期は、フォントが埋め込まれていなくて、 文字化け予稿集ができるとかの事故が起こったりした。 (責任者のことを想像すると、大変に痛ましい…)。
提出するPDFファイルには必ずフォントを埋め込みなさい、 ということになってそういうのは昔話になった。
(現状)
最近、手持ち資料のPDF化をしているせいで、気になるようになったのであるが、 例えば日本数学会では、 公式 (本文アウトライン化済) と簡易版 (非アウトライン化) の2種類のPDFが提供されている。
「公式」と「簡易版」そういう名前だけ見ると、 「公式」を入手・利用・保存すべきと考えてしまうけれど、 今回「どうもそれは違うのでは?」となった。
簡易版 PDF には、各文書の文字情報と、 その文書で使用しているフォントが埋め込まれている。 フォントが正しく埋め込まれていれば、 印刷に関して、基本的には問題が生じないはずである。
一方の公式 PDF には、文字情報が含まれておらず、フォントも埋め込まれておらず、 フォントのアウトライン情報だけが含まれている。 これではコピペや検索、文字情報抽出もできない。 ファイル・サイズも大きい。 印刷する場合の結果を完全に保証しているのかもしれないが、 それだけの理由でこの形式を「公式」と呼ぶということか。 なんかおかしい気がする。
今を生きる「参加者」としては、 自筆メモを作る場合に、コピペができることは大変便利である。 参考文献を検索する (場合によってはその場で論文PDFを入手したりする) にも文字情報がある方が便利である。 また、 栞 (英語だとアウトラインと呼ぶそうだけれど、 フォントのアウトラインと紛らわしいな) があまり親切でないので、 著者名やタイトルで検索してその講演の予稿にジャンプしたりするのにも使える。
公式版では、あれもできない、これもできない。
どちらを選ぶかとなれば、簡易版一択のような気がする。 公式の方が良いことって何かあるのか?
長期的な保存の観点からはどうなのだろうか。 昔から長期保存には紙、という意見があって、 それはかなりもっともな気もして、 もしかすると、それに変わるものとして、 印刷内容が保証されそうなフォーマットとして、 アウトライン版を公式と言っているのかな? (単なる勘繰りです。) でも、そのために講演する人が作って提出した文字情報を捨てる? 何かおかしい気がする。文字情報は保持しておくべきだ。
最近の私は、書籍をスキャンして、イメージ情報にOCRした文字情報をつける、 ということに神経を使っている。 そのせいでずれたことを言っている可能性はあるけれど、 元々ある文字情報を捨てたものを「公式」というのは納得できない。
今の時代の良いところは、疑問がはっきりしてくると、 答えを探せるところだ。